来 歴

谷田夫妻の菩提寺は、徳島県徳島市八万町夷山27の圓福寺ですが、第二の墓所として、富士霊園文学碑公苑にも祀られております。
生前、慶子は分骨を望んでいたようでして、遺品整理中にその旨の書付が発見されたのですが、残念ながら叶いませんでした。
毎年東京から遠方の徳島まで墓参りすることを慮って、慶子は、管理者を富士霊園における祭祀の主催者として、指定いたしました。


平成24年3月11日
真言宗御室派圓福寺。納骨です。

仁王門の仁王様がシンボルです。
お寺に仁王様が佇立睥睨なさっていれば、
すなわち真言宗のお寺なのです。(トリビア?)
阿波秩父観音霊場33番札所です。
裏の墓地全景です。
谷田家先祖代々の墓。
宝物庫には著作が収蔵されております。
平成24年8月25日、富士霊園にお墓参りです。
司馬遼太郎、川端康成、江戸川乱歩、錚々たる顔ぶれです。
余談ですが、福田みどりさん(司馬夫人)から、谷田昌平、
谷田慶子の葬儀の際、いずれも献花を頂いております。
文学者の墓とあります。
日本に生まれ 日本の文学に貢献せる人々の霊を祀る
とあります。
牟礼慶子の墓碑名はこの時点(平成24年8月25日)
では赤字となっております。
平成24年10月4日の墓前祭の時、
死亡年月日と享年が刻まれます。
当日、管理者が大好な吉村達也も赤字となっておりました。
合掌。
管理者は曹洞宗(らしい)なのですが、
谷田夫妻の宗派は真言宗なので、
般若心経と光明真言(下記)を唱えてきました。

おん あぼきゃ べいろしゃのう
まかぼだら まにはんどま
じんばら はらばりたや うん
余談ですが、葬儀の手伝いをしてくれた友人たちと5名での
墓参りです。手前が友人のルノーアバンタイム。変な車です。
ルノー好きであった昌平さんもいらないと言うと思います。
横綱の曙が乗っていたことで、一部の間では有名です(した)。
後ろは管理者のジムニーシエラです。ごく普通の車です。