来 歴

出て行く


今はもう出て行くだけだ
あれの皮膚は裏まで汗に濡れているのに
あれの心はどうしようもなく荒れている
凶暴な風にはむかう
白くとがった牙も折れたし
自分の掟を自分で裁いて行く
よく光る批判の目さえ盲いた
だからもうどこも見ようとしない
目をつぶっていても頬は痛いのだ
生きたまま腐ってしまわないうちに
とにかくどこかへ出て行くだけだ

そしてもうあれは何も聞こうとしない
ついてくる足音も
呼びもどす声も 責めたてる声も
はるかなうしろへ遠のいて行く
許されるとか罰せられるとかは
まだまだずっと先の話だ
とにかくどこかへ出てしまうことだ
もっと高く評価されたものが
もっときびしく弾劾される番だ

みずからの刃の傷について
おびただしい血を流している正義
あれが柵の中へ追い込んで
飼い慣らした森の平和
裸の背中にべったりはりついて
大きな権利まで拒んでいる
しまりのない日常の充足
あれが空にかかげた幸福は
熟れすぎてくずれて行く果実
それも小さな自己満足に変色して
下水の曲がり角に引っかかっている

それら存在の証明を
ひとつずつ置き去りにして
あれは遠くの方へ駆けて行く
せわしげにわき目もふらずに
それでいて何も考えないふりをして
今は駆けぬけてしまうより手がないのだ

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