来 歴

新年への挨拶


千の顔が
同じ顔を窓にさらしている
何くわぬ目つきをして
となりの窓をじっとうかがっている
誰がいて彼はいないと
意味ありげなささやきが
潮騒のように空にひろがるときだ

ひたひたと寄せてくる
寒い時間のこちら側では
交代の順番を待つようなふりをして
誰も彼もが黙ったままで立っている
もう長い間日が当たらないから
種子はポケットで腐っている
白い口ひげの下で千の微笑が乾いている

窓のはしのほうの
何だかひらひらしているあたりを
すばやくまくりあげて
さっさと出て行ったのがいる
千の祝砲が
空のここかしこを駆けめぐったが
ひろげた掌に白い鶴は舞い降りてこない

真一文字に引き裂かれて
血を吹きこぼした空を
きみは見たことがあるか
苦しいうめき声が
じわじわと空を伝って行く
気の遠くなるような世紀の夕暮れ
血はわたしごと世界を染め変えたのだ

鮮烈な風景が退いたあと
盲の希望が
出口を探して右往左往する
そのとき一つのことばは向こうにいて
早くも親密な挨拶を送ってくるのだ
テーブルには新しいバラの炎
明日の静謐を浮かべるなまぐさい水

次には手をのばして
出発のともづなをたぐり寄せる
今こそもたれていたものから身をずらして
背骨をまっすぐにして出て行くのだ
千の顔にはさよならの挨拶
寂しい海べの町を通りぬけて
今こそ空のかさぶたをはがしに行くときだ

日日変幻 目次