来 歴


前兆


見通しのきかない
空の抜け穴から
不意をついて
落下してくる夕闇がある
重石のふたが
ぴたっとしまる前に
充血した風景が
浮遊をはじめるのだ
長い思考の壁が
ふわりと倒れかかり
透明な内側から
思いもかけぬ山の上まで
鮮烈な血が噴き上がって行く

押し込んでも押し込んでも
のどの奥から
はい上がってくる欠落
それを黙ったまま呑み込むな
すべてを吐き出したあとで
苦い豊饒は満ちてくるものだ
誰かは蒼ざめて
雲の割れ目から
すきをうかがっている
向こうでは風が
しきりに砂を吹き飛ばしている
誰かは目まいをこらえながら
墨絵の山と川を
端から端までなぞっている
どこかで合図の旗が振られ
脂汗のような雨が
じわじわと
紅葉の谷を染め上げてくる
誰かはうしろ向きになって
林のほうへ走って行く
ささくれた林が
もっと林の奥へと
追い立てにくるから
充血した風景は
もはや小さな血痕に変容し
誰かはさっきから
みえないふたを押し上げて
見えない重石を
がたがた鳴らしている
空の軋る音も聞こえる
かちどきの太鼓にまじって
唐突な笑い声も聞こえる
はたと風がやんだあとで
空の底が抜ける
そのとき
たんねんに塗りつぶした
悪い風景を切り裂いて
さらに悪い予感が
ゆっくりとせり上がってくるのだ

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