来 歴

来歴


そこらには古風なお辞儀がとまどいしていた
慌てて返す挨拶を工夫しているのに
手をさし出すいとまもなく場ちがいな春がやつてくる
急いで振り向くともう世界は夏になつていて
どこにも行けない人間がとり残される破目にあう
あの花だなこの樹だなと口をあわせていると
知らぬ間に実りその後で枯れてゆく
同じ口が葡萄だな羊歯だなと
勝手な名前を言いあわせているうちに
夏になつたり秋が終わつたりしているのだ


かかる四囲の中で
誰かが死ぬようなことがあると
しばらく舌がもつれる話ばかり続き
やがて煙があちらでもこちらでも立ちのぼり
今までの歴史は二重うつしのようにぼやけてしまう
実際に経て来たことは常に不確実だと思いこみ
所有しないものを未知のままで捨てている
そして譲り受けた死がすでに他人の持物だつたりして
あらためて悲嘆にくれたりすることが多い
めつたに人間の歩き方を真似ないのだ
生や死は
春のあとから秋
生が行きついてしまつたところで確実な死が始まる
死をすりへらすまでにはどれだけ歩けるのだろうか
ずつと向こうの方は別の世界になつていて
明るかつたり暗かつたりするのは人間以外の仕業なので
われわれは今も人間並みの歩き方で
不器用に通りすぎて行くところだ
頭も下げずに

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