来 歴


林の中の対話


春の野薔薇 秋のススキも
すっかりさびれてしまった
草がくれに這って行く蛇も小さい
林の道のうらがなしいもの思いなど
うすぎたないと言わんばかりに
けたたましくスクーターなど走り出てくる

「君がしつこく追いかけているあれは
神話の蛇ではない
そこでかろやかなもすそをひるがえし
ゆたかな肩をひねって
華麗な林を駆けぬけて行くのは
君がかってに作りあげた幻想の女神だ

君はもう何も考えないがいい
自然の迷路を通り抜けるためには
蔓草のように柔軟な精神がどうしてもいる
でなかったら
髪にからまったくもの巣のように
解けない方程式をもてあますだけさ」

「まあいいさ 数字なんかいらない
曲がりくねった雑木に身をまかせて
何ということはない
アケビのたたずまいに心をひかれないのだ
すべての困難が日暮れの光に溺れてしまうまで
ここあずまの野を踏み迷うのも悪くはない

洗いざらしの布を腰に巻いて
探しに行くまでは
林の葉しげみの中に
すっぽりと体をひたしている
内気で思慮ぶかい
古事記の女神がそこにいてはなぜいけない」

原文は「這う」のしんにょうのテンが一つとなっている。

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