来 歴


アネモネの種


スイスからのお土産にと
アネモネの種をひと袋
紫色の花びらと
黄色の花芯が風に揺れ
遠くには雪渓がひろがり
さわやかなカラー写真が
絵はがきの構図で印刷されている
封を開いて掌にこぼすと
小鳥の羽毛に似た種は
風にたちまち舞い上がる
アネモネは球根
南の花だとばかり思っていたのに
早春の開花にそなえて
それを土に埋めるのが
私の九月のならわしだったのに
辞典をひいてもう一つの発見
「花に花冠なく
それらしきは萼である」と
そういえば
にせの花びらは
蕾を保護する萼の役割どおり
いちめんの柔毛に覆われている

ちょっとしたサインを見落とす
きわめて人間的なミスによって
どんなに多くの人間と人間が
離れがたく結ばれていることか
まして
人間とアネモネなら
とんだ誤解も生まれようというもの
アルプスの風に向かって
ある限りの
にせの花びらをそよがせる
紫色のアネモネよ
おまえからの親密な挨拶を
今私は優しい土に埋めるところだ

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